2020/7/10 ことば×図形

 はじめまして。この春に大学生になりました、桑原翼と申します。名前は「くわはら つばさ」と読みます。「桑原」という苗字は、初見の時にほとんど「クワハラ」ではなく「クワバラ」と呼ばれます。しかも、名前も翼なので男性と間違われることも多々あり、コロナ禍で全く顔も知らない人とSNSでやり取りをするときなど特に「くわばらつばさくんだね、よろしく!」と言われたりします。性別も名前も間違っていますが、気にしません。晴れ舞台、壇上で校長先生に「くわばらつばささん、右は…」と表彰されたり、制服採寸の会場で学ランが用意されていたりするのも、もう慣れっこです。

 わたしがここで伝えたいのは、名前や性別が間違われることのせつなさではなくて、一文字でも名前の文字が違うとずいぶん印象が変わるということ。「くわらつばさ」と「くわらつばさ」では前者の方が優しそうで、後者の方が意志の強そうな感じがありませんか?わたしには弟が二人いて上が「そうたろう」下が「りょうたろう」というのですが、そうたろうはさわやかそうでりょうたろうは賢そうに感じませんか?そういうことです。音の印象がその中身の人の性格や雰囲気を想像させうるのではないか、と思うのです(想像させうる、というだけで実際にはそうではないことの方が多いでしょう。そうたろうは実際には暑苦しい男ですしりょうたろうは期末テストで30点をとりました)。

“ブーバ”と“キキ”

 「ブーバキキ効果」を耳にしたことはあるでしょうか。これは、直線または曲線から成る二種類の画像を被験者に見せて、どちらが「ブーバ」っぽいかと聞くと、大多数の人 が曲線のほうの図形をブーバと答えるという心理学の現象です。ほかの言語圏の人や生後4か月の赤ちゃんも曲線をブーバと答えるそうです。

これにも音の印象が関係しています。

 ブーバキキ効果を調べていると、象徴というワードが浮かんできました。音象徴とは何ぞや。英語では「sound symbolism」というみたいです。

遠回りしてご説明しましょう。19世紀後半のスイスを経由して。そのころ、言語学者のソシュールは、語の意味とその語を構成する音声との関係には論理的な必然性がないと発表しました。言語の恣意性というやつですね。🐶に「犬」「dog」「chin」「hund」と複数の名があるということです。

 一方、音象徴は語の意味と語を構成する音声との間になんらかの必然的な関係があるとする考え方。言語の有契性と言い換えられます。ブーバキキ効果は言語音の印象から図形(視覚情報)の印象が連想されて現れる現象でしたが、ブーバという音に丸みという属性、意味があるから、曲線の図形をブーバだと連想するのです。まさに音象徴。

発音するときの口のかたちを思い浮かべてみてください。実際に口に出してみるとよりしっくりきます。今おひとりでしたらぜひ。「ブーバ」は唇を丸めて発音し、「キキ」では唇を薄く横に引き伸ばします。「ブーバ」 には丸みを帯びた印象を受け、「キキ」には尖った印象を受けるのはこのためではないかと推測されています。


 音そのものに意味があるということ。いや、あるのかもしれないということ。これはわたし達のすぐそばでも見つけられました。

例えば、スーパーのお菓子売り場。

お菓子の商品名をながめると、ポッキー、プリッツ、ペロティ、パナップ、アポロチョコ、カプリコ、トッポ、チュッパチャップス、パピコなど、半濁音が入った名前のものがやたら多いです。これは、半濁音に集客効果があると考えられているため。マーケティング界ではぱぴぷぺぽがつくと売れるという「半濁音の法則」として有名なんだとか。

お菓子に限らず、半濁音のつくものはキャッチーです。「ピコ太郎」の「ペンパイナッポーアッポーペン」や高校生が大好きな「タピオカ」「ぴえん」もそうです。彼氏のことを「ぴ」ということもありますね。

半濁音ではなくて濁音はどうでしょうか。

みんな大好きポケットモンスター、通称ポケモン。ポケモンは進化すると濁音が増えます。「ニョロモ」は「ニョロボン」に、「ゴース」は「ゴースト」→「ゲンガー」に進化する傾向があります。また、「ゴジラ」が「コシラ」、「ガンダム」が「カンタム」だったら巨大な体格を表すことはできません。濁音は大きくて重い印象があるのですね。

もちろん音象徴に当てはまらないものも見つかりました。でんでんむしやどんぐりは濁音を含むけど小さいし、ゼニガメの最終進化形カメックスにいたっては濁音がむしろゼロになっています。

音象徴も万能ではないということでしょうか。


 ところで、みなさんは文字に色が見えることはありますか?数字や音楽に色が見えたことは? わたしは「し」に黄緑、数字の「5」に赤、Fの音(ファ)にピンクを感じます。昔は色が見えるのは超能力なんじゃないかと思っていたのですが、どうやら違ったみたい。これらは共感覚といって、ある情報を受け取ったことで喚起される感覚や認知処理と同時に、別の感覚や認知処理も喚起される現象のこと。色を想起するだけでなく、味から図形を感じるといった共感覚もあるそうです。

ブーバキキ効果や音象徴と、共感覚にはどちらも異なる感覚との間の結びつきであるという点において似たところがありますね。

相違点は、共感覚を持つ人は少数派なのに対してブーバキキ効果や音象徴はたくさんの人が共通して持つという点。そう、少数派だから、自分は超能力者なんじゃないかとか思ってしまったわけです。 それから、わたしはFの音はピンク色に感じますが、友達はFはオレンジ色だと言い張ります。このように個人差があるのが共感覚で、ほとんどの人が同じように感じるのがブーバキキ効果や音象徴。多くの人が半濁音にひきつけられるから、お菓子にpのついた名前が付けられるのです。


 さて、ことばの教育ゼミは、ブーバキキ効果や音象徴と同じ例をもう一つ見つけました。味覚と図形の結びつきです。

ある図形をみただけでクロレッツを連想する、そんな究極にシンプルな広告を作るための実験広告「クロレッツのかたち」

「クロレッツのかたち」では、5種類の味のクロレッツを被験者が味わい、無作為に選出された700種類の図形の中から、「味」「食感」「手触り」「形」など感覚をヒントにガムのイメージに近いかたちを選んでもらうという実験が行われました。実際に選ばれたのは(下)の5つ 。

被験者が選んだ図形は2~10位も発表されていました。

 どうしてその図形が選ばれたのか、自分だったら何がしっくりくるか考えていましたところ、あるゼミ生がこんな疑問を持ちました。

「特定の図形が票を集めるなら、わたしたちの間になんらかの共通認識があるということだ。それはどういう風に生まれるのか」

ふ~む。いい疑問。

共通認識が生まれるもとを突きとめられたら(それは認知の仕組みを知ることかもしれません)、音象徴の類を華麗に利用して一財を築くことも、石油王に好まれる名前に改名することもできるかもしれません。

 一方、曲線の図形をキキと呼び、進化したポケモンに清音や半濁音を与え、pのついたお菓子に見向きもしない人類がいます。彼らを操るためには例外ができる仕組みを知る必要があり、それも認知の仕組みが解明されれば可能になるかもしれません。いつか認知の仕組みがわかるといいですね。それにはことばも大きくかかわっていると思います。


 今回のゼミは、まずファシリテーターがブーバキキ効果を見つけてきたところから始まりました。 一見関係なさそうな、いわゆる文系の管轄「ことば」とどちらかといえば理系の「図形」の繋がり。お題として魅力的でした。ことばの教育ゼミはことばが関係している(かもしれなさそうな)面白そうなことが大好きですので、「感覚はことば化できるのか」と題してゼミでとりあげました。当日は 数学科のOBさんも参加してくださいました。

実際に考え出してみると、ことばは文系の管轄などではなく、世界そのものだと感じました。「ことばと図形」に絞っても、ゼミの二時間で話すには大きすぎる話題です。それでも、ことばの力の一片に触れることができる有意義な時間でした。と思うクワハラでした。

(桑原)

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