#8 ことばの境界を生きる(2020.3 4期)

ことば工房 第8号 ことばの境界を生きる

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第8号は、東京学芸大学「ことばの教育ゼミ」と変人類学研究所のコラボレーションのもと、2020年1月31日に開催されたワークショップである『ことばの境界を生きる』を起点として、「ことば」と「境界」について学生たちとともに考えた軌跡をしたためたものです。

 本ワークショップの元となったのは、「ことばの教育ゼミ」のなかで持ち上がった「ことば」をめぐる様々な議論です。

なぜ私たちは、一つのことばの中で生き続けようとするのか。他のことばを使用するときに臆してしまう、あの感情はなんだろうか。
多言語化が進む世界における言語教育とは何か。ことばを超えたコミュニケーションは可能か。
ゼミに参加する学生たちは、ことばをめぐる現代社会のあり方をクリティカルに捉え、次世代教育に向けた思考実験をどのように遂行することができるのか、深い議論を積み重ねてきました。

そもそも「ことば」は、世界認識や行動様式、生き方の選択に至るまで、私たちの日常世界を彩りつつも、時には束縛し、多様な他者との接合や生き方の複数性を喪失させてしまう不可能性を胚胎しています。

つまり「ことば」は、「境界」を生み出し、そこを超えていこうとする存在を排除してしまう否定的な力をも抱えていることになります。この束縛から抜け出し、より豊かで選択肢のあふれた世界にするにはどうすればいいのか。
何かに固執するのではなく、時に思考の境界を飛び出し、新たな発想を生み出していくような柔軟な「生きる力」「創造力」を拡張させていくために、私たちができることは何か。そのようなことを考えるためのきっかけ作りの場を構想したい。そのような思いが、今回のワークショップにつながりました。

共催の片棒を担いだ「変人類学研究所」は、東京学芸大学のNPO法人こども未来研究所に所属する教育研究機関です。
本研究所は、教室や社会におけるラベリング「変人」を、多様性を失わせる周縁化と排除の構造の現れとしてみなし、むしろ現象としての「変人」こそが新たな世界を創造するための力を宿す重要な境界領域であるとして、次世代の教育研究・実践を行ってきた機関です。

つまり、今回のコラボレーションは、ことばの境界と社会の境界への思考を接合させるという意図がありました。双方に共通しているのは、自から他へ、構造から反構造へ、必然性から偶発性へ、常識から非常識へ、正解から不正解などへと連なる一連の思考の境界を行き来する、つまりその間(はざま)に生きることの重要性をどのように表現できるかという問題系でした。

最終的には、「ことばの教育ゼミ」の発想である「言葉と言葉の境界」と、変人研が目指す「言葉と他の表現との境界」とを接合させる形で、内容を構成していく形になりました。

このような発想のもと、華々しいゲストたちをお呼びすることになりました。カメルーンから日本にやってきて、その「異質性」を抱え込みながら生きる力を蓄え、漫画という表現手法を手にした星野ルネさん。
「言葉が言葉を超える」というフランスでの原体験をもとに、ポエトリーの可能性を追求し続ける村田活彦さん。
幼い頃からの吃音の苦しみから、コミュニケーションの不可能性をあえて言葉と身体で表現しようとする詩人、iidabiiさん。


様々な境界を行き来しながら、表現のカタチを模索し続けてきた彼らの話を聞きながら、私たち自身が囚われてきた世界のあり方に気づき、少しでも境界に生きることの豊かさ、力強さ、そして自由さを感じることができるならば。

そのようなメッセージが、今回のワークショップに込められていました。会場にいらっしゃった大勢の皆様、そしてこれをお読みいただいている読者の皆様に、そのようなメッセージが少しでも伝われば、望外の喜びと考えております。  

それでは「ことばの境界」への旅に、一緒に出発することにしましょう。